忘れられる権利
「忘れられる権利」というのは、EU法に根拠があるとされ、過去の非行事実の削除請求権のことを指すと考えられています。
日本では、この忘れられる権利という権利が存在することを認めた裁判例というものはないのですが、過去の犯罪歴削除請求については、個人のプライバシー権侵害を根拠として、行われています。
しかし、一方で、新聞社や検索事業者の表現活動が制限されることから、表現の自由(憲法21条1項)との利益対立を考慮しなければなりません。
グーグル検索結果削除事件
最高裁平成29年1月31日決定民集71巻1号63頁の事例は、2011年に児童買春を行った原告が、事件の公表が行われて3年ほど経過しても検索事業者が原告の居住する県の名称と氏名を公開し続けていることから、グーグル(被告)に対して検索結果の削除の仮処分を請求した事件です。
この事件について最高裁は、原告の請求を認めず、グーグルに対して、検索結果の削除を認めませんでした。
まず、最高裁によれば、削除を行う根拠、個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益にあるとしました。
検索事業者がウェブサイトのURL情報などの削除を命じるための基準としては、「当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載されたときの社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事案を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」に情報の削除を認めることができると判断されています。
平成29年のこの事件については、社会的に強い非難の対象とされる事件に関するものであること、居住地で検索しなければわからないことから伝達される範囲が限られることから、犯罪を犯してから一定期間経過していることを考慮しても情報の削除は認めないと判断されています。
ツイッターツイート削除事件
忘れられる権利に関しての新たな判例として、最高裁令和4年6月24日判決民集76巻5号1170頁があります。
この事例は、2012年に旅館の女性用浴場の脱衣所に侵入した原告が逮捕され、罰金を納付してから、7年経過したにもかかわらず、ツイッター(現エックス)上の氏名不詳者らのアカウントにおいて、報道記事の一部を転載した投稿が見られることから、ツイッター(現エックス)社(被告)に対して、当時の報道記事を転載する投稿の削除を求めた事件です。
これに対して、最高裁は、被告であるツイッター社に対する投稿の削除を認めました。
この判断基準については、「本件事実の性質及び内容、本件各ツイートによって本件事実が伝達される範囲と、上告人(原告)が被る具体的被害の程度、上告人の社会的地位や影響力、本件各ツイートの目的や意義、本件各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、上告人の本件事実を公表されない法的利益と本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、上告人の本件事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合」に削除が認められると判断しています。
そして、事件が軽微ではないとしても、逮捕から経過した時間、元となった報道記事が削除されていること、原告は公的立場にあるものではないことを考慮して、原告の非行事実を公表されない法的利益がツイートを閲覧可能にし続ける利益を上回っていると判断したため、投稿の削除を認めました。
判断基準がグーグルの事件と異なり、「優越することが明らかな場合」ではなく、「利益を上回っている場合」とやや削除を認めやすい基準が立てられています。
このように基準が変わったのは、情報流通の基盤としての役割の違いに原因があると考えられています。
削除ができるのかの判断
そのため、検索結果の削除を求めるためには以下のポイントについて注意する必要があります。
- 過去の非行行為の事実は重大なものですか?
- 過去の非行行為に対する社会的非難、関心はどのくらいのものですか?
- 公的立場にある人ですか?
- 新聞社は記事を削除していますか?
- 事件からどのくらいの時間がたっていますか?
- どのような媒体に書き込みましたか?
これらの事情から、記事を公表し続ける必要性が高いかどうかが判断されます。
その上で、プライバシーの利益がこの記事を公表し続ける利益を明らかに上回っているといえるならば、記事の削除が認められる可能性があります。