
2026年5月、福岡県警は、自分が関わる窃盗事件の証拠書面をSNSに投稿したとして、24歳の男を逮捕しました。容疑は「開示証拠の目的外使用」です。
読売新聞「自分が関わる窃盗事件の証拠書面をSNSに投稿、目的外使用疑いで男逮捕…福岡県警」(2026年5月21日)
「自分の裁判の資料なのだから、どう使おうと自由では?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、刑事裁判の証拠のコピーは、使い道が法律で厳しく制限されています。刑事事件の当事者の方やご家族にぜひ知っておいていただきたいルールを解説します。
手元にある「証拠のコピー」とは
ある事件について、検察官が、刑事裁判を行うと決める手続を「起訴」といいます。起訴がされると、検察官は、手持ちの証拠を整理し、どの証拠を裁判で使うかを検討します。整理ができたら、裁判で使う予定の証拠について、弁護人は閲覧やコピーをすることができます。これを「証拠の開示」といいます。検察官が、どのような証拠によって、起訴状に書いてある事件の内容を証明するのか、事前に開示し、弁護人と被告人がどのように裁判に対応するか検討させる仕組みです。
開示される証拠には、被害者や目撃者の供述調書、現場の写真、防犯カメラの画像などが含まれることがあります。弁護人は証拠のコピーを被告人本人に渡すことがあります。これは、被告人の方自身に、自分の裁判にどのような証拠が提出されようとしているのか、間違っている点はないか等、しっかりチェックしてもらうためです。こうして、被告人の手元に「証拠のコピー」が届くのです。
法律が決めている「使い道」
刑事訴訟法281条の4は、被告人や弁護人が、開示された証拠のコピーを、その裁判の準備などの目的以外では、他の人に交付、提示したり、インターネットで発信したりしてはならないと定めています。そして法281条の5は、被告人がこれに違反して、コピーを他人に交付、提示したり、インターネットで発信したりした場合の罰則を定めています。法定刑は1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。
特に注意したいポイントは次の3つです。
- 「過去に被告人だった人」も対象です。裁判が終わり、 判決が確定し、刑を終えた後でも、この制限は続きます。
- 一部の切り抜きでも危険です。 資料の一部を撮影した画像や、書き写した文章でも、問題になるおそれがあります。
- 法廷で調べられた証拠でも対象外にはなりません。 公開の法廷で読み上げられたものでも、別の場所で公開してもよいとはいえません。
なぜここまで厳しいのか
証拠には、事件に関わった多くの人の情報が詰まっています。被害者の氏名や住所、証人の証言内容、本当は話したくない情報もあるかもしれません。これがネットに出れば、その人たちのプライバシーが侵害されてしまいます。場合によっては生活が脅かされ、報復をおそれて、捜査に協力したり、裁判で証言したりしてくれる人がいなくなってしまうかもしれません。
証拠の開示は、被告人の防御のために、重要な情報を含めて、見せる仕組みです。だからこそ「目的外には使わない」という約束が前提になっているのです。さらに投稿の内容によっては、名誉毀損罪や、プライバシー侵害による損害賠償の問題に発展することもあります。
やってしまいがちな場面と、ご家族の注意点
悪意がなくても、次のような行動は危険です。
- 「警察のでっち上げだ」と訴えるため、供述調書の写真をSNSに載せる
- 判決から何年も経ったので、事件の経緯を証拠の内容とともにブログに書く
ご家族も注意が必要です。本人から預かった資料を家族が投稿すると、渡した本人がこの罪に問われたり、家族自身も手助けした者として責任を問われたりするおそれがあります。資料は人目に触れない場所に保管し、裁判が終わったら、返却や処分の方法を弁護人に相談しましょう。
納得できないときは、正しいルートで
「捜査がおかしい」「無実を分かってほしい」という思いは、決して間違いではありません。ただ、その思いは法廷で、弁護人を通じて主張するのが、いちばん確実で、ご自身を守る方法です。控訴や再審請求といった手続きのために証拠を使うことは、法律でも認められています。
判決に納得できない、手元の資料をどう扱えばよいか分からない、すでに投稿してしまった——そんなときは、一人で判断せず、早めに弁護士にご相談ください。投稿済みの場合も、速やかな削除など、状況に応じた対応を一緒に考えます。当事務所では、刑事事件の当事者の方やご家族からのご相談をお受けしています。
